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記憶の底に隠れる前に

気になる言葉から日常話まで
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異界の境界の緑 番外編 ヒイラギの実
ドルイドの森さまで掲載して頂いていた、クリスマス小説です。
テーマは「クリスマス・森・雪」。
クリスマスのない世界なので、クリスマスっぽさは少ないかも……。

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異界の境界の緑 番外編 ヒイラギの実


 粉雪が木々の合間をすり抜けて、静かな森へ舞い降りてくる。冬ごもりの準備を終えた小さな生き物たちが慌てて巣へと戻っていった。
 隣に立つ妹のモクノイは小さな身体を震わせながら、森の向こう側を見ようとしていたが、その方角から人影が見えることはなかった。
「兄様、兄様。どうして誰も帰ってこないの?」
 繰り返された問いかけに、俺は呪文のように答える。
「母様がいなくなってしまわれて、森と森の繋がりが途切れたからだよ」
 爺様の話によると、神木を巡る旅に出た旅人たちは、もう長い間帰ってこない。それでも人は旅に出る。ここで現れては消えていく人を何度も何度も見送ってきた。
「誰も戻ってこないの?」
 泣きそうな顔をするモクノイをなだめるように、しんしんと雪が降り注ぐ。
 森を繋ぐ者と言われた母様は、モクノイが生まれてすぐに病気で亡くなってしまわれた。父様は薬を求めて大陸に渡ったきり帰ってこない。結局、爺様と一緒にこの小さな島国に点在する神木を守る仕事が俺とモクノイに残った。
「うーん。もしかしたら、このヒイラギが実るくらい難しいかもしれないな」
 俺の表情に気がつかないのか、モクノイは小さな手をヒイラギの木に向けて合わせた。
「どうか、早く実がなりますように」
 心にちくりとトゲが刺さる。俺が共に生きる神木はヒイラギ。モクノイが共に生きる神木はトリネコ。だから、モクノイが知らないことも知っている。このヒイラギは白い花を咲かせるけれど、実を結ぶことはない。どういう仕組みになっているのかは、森の真理に隠れたままだ。きっと、旅人たちも同じように不可解な森の真理に捕らわれて帰ってこないのだろう。
 森は静かに存在し、積極的には語りかけてくれない。きっと森の言葉は、自分の中にあるものと同じ分量しか、届いてはくれないのだろう。どうか、優しい形でモクノイが真実を知るようにと祈るしか、俺には出来なかった。
 
 
 三日ほど降り続けた雪は、森を真っ白に染め上げていた。爺様は風が強くないことを見てきた後、薪割りをする俺に言った。
「ニチアイ、今日は雪下ろしをしてはくれないか?」
「はい。爺様」
 外見とは違って、雪は重く固まっている。俺は力を込めて、屋根から雪を下ろしていった。
「兄様!」
 わずかな晴れ間を利用して、神木の様子を見に行っていたモクノイが足場の悪い雪道を駆けてくるのが見える。
「どうしたんだよ」
 転びながら走ってきたようで、モクノイは雪で真っ白になっている。屋根から下りた俺は、雪を払いながら苦笑いをした。すると、彼女は真っ赤な顔をして、息を整えることすらしないで叫ぶ。
「実がなっているの!」
 まさか、そんな筈はない。けれど、赤く冷たい手を振り払うことは出来なくて、俺はモクノイに連れられて雪の中を走る。
 足下が悪いせいでいつもより時間がかかってしまった。ようやく立ち止まって大木を見上げると、ヒイラギは雪の中でなお一層、緑を濃くしているようだった。けれど、それ以外の変化は見られない。
「ほら、これ」
「これって……」
 モクノイが指し示したそれは、確かに一見すると白い実だったけれど、次第に正体が分かってきた。白い実は、緑の葉に実のように包まれている雪の塊だ。触れば壊れてしまう、例えそのままにしておいても日が昇れば溶けてしまう、そんな優しい勘違いだった。
 けれど、俺はモクノイに違うと言えなかった。光を受けて輝くその姿はヒイラギのあちらこちらに見えて、驚きのあまり言葉を失っていたからだ。どうしてこんなことが起きたのかは分からない。世の中には分からないことだらけだ。もしかしたら、これも森の真理なのだろうか。
「きっと、みんなも帰ってくるよね」
 誇らしげに笑うモクノイが、母様と同じ色の髪の女性が浜辺で倒れているのを見つけたのは、その年の晩夏のことだった。

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