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記憶の底に隠れる前に

気になる言葉から日常話まで
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桜のまえ

 見上げると水彩絵の具で塗りつぶしたような曇天。
 コンビニへ行くのにちょっと近道しようと思って住宅街に入ったら、見事に迷った。
 昼前とはいえ、何も持たずにふらふら歩いて、どう見ても立派な不審者。
 すれ違う人がいないのは幸か不幸か。
 
 比較的狭い道へ入ると、そこには二本の脚があった。
 玄関から飛び出した脚は異様だけど、動いているから事件や事故ではなさそうだ。
 この道が正解なら、引き返せない。これまでにない大きな歩幅で、足早に進んでいく。
 けれど、好奇心には勝てず、ちらっと脚の主を見てしまった。向こうも気配に気づいたのか、顔を上げた。
 玄関アプローチに座りこんで、手元には小さな素焼きの鉢。いくつもの袋に白い軍手をはめた手を突っ込んでいる。
 ま、とにかく、道でも聞いておくか。軽く挨拶すると、早速本題に入った。
「この先って、大きな道に出れますかね?」
「この先? 行き止まりだけど」
「そーっすか」
「どこ行くんですか?」
「あ、ちょっと、コンビニに」
「それなら、あの白い家を左に、次の角を右に曲がって。バス通りに出るから」
 お礼を言ってもとの道に戻る前に、ふと、聞いてしまう。
 
「何してるんすか?」
「植え替え。この時期に大きな鉢に植え替えないと、元気なくなっちゃうんでね」
「玄関で?」
「ここ、人通らないから。迷子以外は」
 確かにその通りだ。でも、ちょっとかちんとくる。こっちだって迷いたくて迷ったわけじゃない。
「それ、枯れてないっすか?」
 その人はにやりと笑うと、手にした鉢をひっくりかえす。出てきた根はびっしりとつまっていて、鉢の形になっていた。
「これから、新芽が出てきてすぐ大きくなるから。その準備をしなくちゃ。桜の咲くまえに」
「桜のまえ?」
「本当は桜が咲く頃でいいんだけど、これだけ数があると、咲く直前からしないと間に合わなくて」
 そう言って苦笑いする。増やさなきゃいいんだけど増えるんだと呟くので、おそるおそる聞いてみる。
「何個あるんすか……」
「んー、さっき数えたら34個あったかな? ひとつ持ってく?」
 
 と、いう訳でめでたく持ち物が増えた。白いビニール袋の中身は掌サイズの鉢植えに入った小さな木。不審者度は上がった気がするけど、考えないでおこう。
 育て方とか聞くの忘れてたな。まあ、あれだけの根があるなら、なんとかなるだろう。
 ああ、そうだ。ひとまわり大きな鉢を買おう。来年の桜のまえに。


sleepdogさま主催 マイクロスコピック<希望の超短編>参加作品です。

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クリスマスショートショート2
もうひとつ、今度はほのぼのです。
クリスマスショートショート
星明かり亭さんのADVENT CALENDAR 2008に参加させていただいた作品です。

別名「親父と娘のクリスマス」(笑)。
ロマンチックとかメルヘンとか全くない、お隣のクリスマス的なお話です。
下のタイトルから開きます。
異界の境界の緑 番外編 ヒイラギの実
ドルイドの森さまで掲載して頂いていた、クリスマス小説です。
テーマは「クリスマス・森・雪」。
クリスマスのない世界なので、クリスマスっぽさは少ないかも……。

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日が昇るところまで

BUTAPENN様主催のペンギンフェスタ2007がとうとう10000ヒットを記録しました!
おめでとうございますの気持ちを込めて、環境問題っぽいショートショートを書いてみました。

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日が昇るところまで


今年の夏も暑いねという言葉を繰り返して、何十年たっただろう。
とうとう、二学期の始業式は十月一日に延期になった。
暑すぎる学校には通うことすら難しい。
小学校低学年の息子の歩くスピードでは通学途中に熱中症になってしまう。
しかも、夏場は異常気象が続いているので、この決定は遅すぎたくらいだと思う。
夏休みが二ヶ月あることだし、子供と私は旦那の実家に避難することになった。
一日に何度も竜巻が起こる都市より、過ごしやすいとすすめられたからだった。
「パパは行かないの?」
「パパはお仕事なのよ」
同じ会話を何度も繰り返し、ようやく納得させて、電車に乗り込んだ。
最初の一週間は段々畑に囲まれた生活に戸惑っていたけれど、あっという間に馴染み、今日も遊び疲れて眠ってしまった。
攻撃的な日差しのせいで、長袖しか着られなかった去年までと違い、半袖で走り回っている。
おかげで今となっては懐かしい日焼けを見ることが出来た。
私は息子の汗ばんだ額にくっついた前髪を上げながら微笑む。

まだ薄暗い早朝、布団の中に息子の姿がなかった。
木の扉が少し開いている。外に出てるんだ。私は慌てて後を追いかける。
家から少し離れた高台に立ち、遠くを見ている息子を見つけたのは、日が昇り始めたころだった。
眩しくて目をそらす私と違って、息子は真っ直ぐその方向を見ている。
後ろに立っている私に気づくと、太陽を指差しながらはっきりと言う。
「あっちにパパがいるんだね」
「そうよ」
東は日が昇る方向。そしてパパがいる方向。子供ながらにちゃんと理解している。
もしかしたら、守ってくれていた地球を破壊し、太陽を凶器に変えた大人の方が何も分かってないのかもしれない。
「パーパー! おはよーう!」
お腹いっぱい息を吸い込むと、日が昇るところまで届くように、彼は大きな声で叫んだ。
「聞こえたかな?」
目に浮かんだ涙のせいで、ぼやける太陽を見ながら私も叫ぶ。声は届かなくても気持ちは届くことを伝えたかった。
「パパー、いってらっしゃーい!」
それを見た息子は楽しそうに笑いながら、朝日に向かって何度も話しかける。
昨日は誰と遊んだか、今日は何をする予定なのか。そして、帰る日をどんなに楽しみにしているか。
それは、家族一緒に暮らせるその日まで、息子の朝の日課になった。

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